
もみじちゃん記・前編(長野県立美術館「再編する ― NAMコレクションの現在」)
鬼の無い里と書く鬼無里(きなさ)という地域にもみじちゃんのお墓はあります。
長野県立美術館で開催されている企画展「再編する ― NAMコレクションの現在」に作品を出品している。作品は、映像と、もみじちゃんの木彫りの人形。
また、パフォーマンス作品として、美術館の周りを歩きながら私の語りを聞いてもらうレクチャーウォークも実施した。
タイトルは、《もみじちゃん ― 鬼女と水ともうひとつの東京》。
この作品をつくった過程を、ここに書いてみようと思う。
前編・中編・後編とあって、このページは前編である。

もみじちゃんは、鬼無里という地域を中心に伝わる鬼女紅葉という伝説の主人公だ。
今も鬼無里にいくと、もみじちゃんのお墓や、もみじちゃんが住んでいた屋敷跡が残っていて、見ることができる。
鬼無里は、善光寺がある長野の中心地から車で30分ほど行ったところにある。
担当学芸員の茂原さんの運転で、トンネルをいくつも抜けて鬼無里に向かう。
昔はいくつもの山を越えていかなければならなくて、今のようには簡単に行くことができなかったと聞いた。

もみじちゃんは都会から長野に来たが、都会のことが忘れられず、鬼無里に東京、西京といった地名をつける。そして、その地名も今も残っている。
鬼無里にはもみじちゃんの他にも、天武天皇の遷都計画によって人が調査に来たという説もあったりする。あと、いろは堂本店があって、焼き立てのおやきを食べられる。

もみじちゃんには長野市立長野図書館で、調べものをしているときに出会った。
リサーチのはじめは、長野県立美術館が建っている城山の歴史について、改めて知ろう、というところから始まった。
郷土資料コーナーからいくつか本を取り出していると『紅葉狩』という本があって、なんとなく一番上に置いて、そのまま閲覧席に行った。
城山関係の本を読んでいると、隣に座っていた女性が、声をかけてきた。
「あら、紅葉狩じゃないの。私大好きで、よく観に行きました。」
「紅葉狩」は、もみじちゃんの伝説「鬼女紅葉」が、能の演目になったものである。
赤い葉っぱをつけた紅葉の木を山奥に見に来た将軍が、もみじちゃん一行と出会い、そのあと鬼になったもみじちゃんを倒す物語で、今も上演されているらしい。
そういえば、私の実家の前にも小さい紅葉の木がある。秋になると赤と黄色が混じった色になって、玄関を出て外の通りに出る途中、いつも視界の端っこに入っていたし、帰宅するときは、紅葉を見ながら家に近づいていく。
あの木の紅葉であり、鬼であり、都会から来た、もみじちゃん。
都会で息子を身ごもって、長野で生んだもみじちゃん。
薬や読み書き、琴や裁縫を長野の人に教えたもみじちゃん。
都会から来た将軍と戦争をして、殺されてしまった33歳のもみじちゃん。
私は今36歳だし、東京周辺から、生まれ育った長野に戻ってきているし、もみじちゃんはなんだか気になる存在としてふわふわと頭の片隅に居座っていた。

歴史を調べるなかで、城山では戦後に博覧会が二度行われたことがわかった。今も城山には美術館、公園、動物園、神社、科学館などたくさんの建物が並ぶが、当時もこのエリアをほぼすべて使って、大規模な博覧会をやっている。
一回目の博覧会は1949年で、まだGHQの占領中だったので、その後に城山にはアメリカ文化館やCIE図書館などがあったらしいということも知る。そこにあったアメリカ関係の本が城山公民館に移された(かも)という資料にあたったので、城山公民館に行ってみた。

城山公民館の隣には、存在感のすごい建物があった。二代目の蔵春閣という建物で、1967年に建てられたものだった。初代の蔵春閣は木造で、1908年に建てられていて、1949年に焼失している。現在は老朽化で立ち入り禁止だった。
隣の城山公民館に結局資料はなかったが、図書コーナーがあって、そこに『鬼女紅葉』(国土社、1974年)があった。「もみじちゃんだ」と思ってすぐ手に取ったその本の表紙には、「柴田道子 作、丸木俊 絵」と書いてある。中にはたくさんのもみじちゃんの挿絵があって、もみじちゃんが都会に行く前の話や、都会にいたときの話、長野にきてからの話、すべて知ることができた。
このもみじちゃんの絵を描いたのは、丸木俊である。広島の原爆が落とされたあとの惨状を描いた大作《原爆の図》を描いた一人である。丸木俊は、夫の丸木位里と一緒に戦後この作品を描いて、全国に持っていって、各地で展覧会をひらいた。
この長野の城山もその場所の一つで、1951年に《原爆の図》はここに来ていた。そして会場になったのは、初代蔵春閣と二代目の蔵春閣のあいだにあったと思われる「大会場」という場所だった。それはまさに、私が丸木俊の絵を通してもみじちゃんと再会した、この場所のすぐとなりである。
中編につづく
